#5


気が付くと、朝の光がカーテンの隙間から差し込んでいた。


昨夜の興奮でほとんど眠れず、ソフト競馬に挑戦するという新たな決意が心の中でぐるぐると駆け巡っていた。 その熱は冷めることはなく、政子の心を高揚させていた。


キッチンに立ち、いつものように朝食の準備を始める。

しかし、心はすでに埼玉の乗馬クラブに飛んでいた。

勝負服を身にまとい、馬に乗って風を切る自分の姿を想像する。


卵を割り、フライパンに流し込む手つきはいつもと変わらないが、心の中で芽生えた変化は隠しきれなかった。


しかし、現実は静かで、変わらない朝のルーティンが彼女を包み込んでいた。

富善は無言で新聞を読みながら出汁巻き卵を口に運び、空はいつも通りバタバタと階段を駆け下りてきた。

「今日って卵焼き?」と寝ぼけ眼で尋ねる空に、 政子は「そうよ、早く顔を洗っておいで」と返す。
続けて

「まあ、早けりゃいいってもんじゃないけどね」

と昨日覚えたワードを交えた。

「おい空、今日も遅れんのか?」と、富善が空に注意するが、 空は「大丈夫、大丈夫」と軽く返す。

政子は食器を洗いながら「出遅れは致命傷よ」とつぶやいた。


いつもと違う返答の政子に、富善と空は何か違和感を覚えたが、その時それが何かはわからなかった。



2人が朝食を終えて家を出て行った後、再び静まり返ったキッチンで、政子は少し自分のテンションがおかしかったことを反省しながら、いつものように窓の外を眺めた。

よく晴れた日差しが嬉しかった。

心の中で燃え続ける熱と、目の前に広がる変わらない日常。
そのギャップが、彼女を一層動かそうとしていた。


時計を見ると、パートの時間までにはまだ1時間近くあった。


政子は決意を固め、ノートパソコンを開いて昨日見つけた乗馬クラブのウェブサイトにアクセスした。

スマホを手に取り、電話のアプリを開く。

深呼吸を一つしてから、ゆっくりと番号を押し始めた。


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#1

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