#11

政子が乗馬クラブに通い始めてから1か月程が経った。

平日はパート、土日は乗馬クラブという生活リズムが出来上がり、充実した日々を過ごしていた。

最初の頃は、馬に跨がるだけで緊張し、全身に余計な力が入ってしまって、肩や腕がすぐにパンパンに疲れてしまった。

レッスンを終えた翌日には、太ももやふくらはぎが筋肉痛になり、階段の上り下りも辛いほどだった。

最初に覚える騎乗、馬の動きに合わせて体を動かす「軽速歩(けいはやあし)」の練習では、馬のリズムに乗れず、馬が小さく跳ねるたびに政子の体が飛び跳ねるように揺れてしまう。
インストラクターから「肩の力を抜いて」「もっとリラックスして」と言われるたびに、政子はぎこちなく笑うしかなかった。

さらに、レッスンの途中で「手綱はしっかり、でも柔らかく」と指示されるたび、政子は「どういうこと?」と頭の中が混乱するばかりだった。
力が入りすぎて手綱を引きすぎてしまい、馬が嫌がって首を振ると「あ、ごめんね!」と、馬に小さく謝り、 レッスンが終わると、
「普通に乗れるようになるまで、何年かかるのかしら…」
と落ち込む事が多かった。


そして、
ちょうど10回目のレッスンの時だった、
「1,2,1,2,そうそう、うまくリズムが取れてきましたね!」
インストラクターの声に合わせて、ようやく馬のリズムに体を合わせる事が出来た。

失敗と注意の繰り返しに、最初は心が折れそうになったが、 その時、ぴたりと馬とのリズムが合い軽速歩が継続する瞬間が訪れたのだ。

(リズムとリラックス、リズムとリラックス)

とつぶやきながら、 ついに、軽速歩のコツを掴んだ政子は、その後、何度でも出来るようになった。
「私、できた…!」

軽速歩が続くと、風が心地よく頬を撫で、馬と一体になれたような感覚になる。
政子は、自分が夢見た騎手の姿に一歩近づいた気がして、胸が高鳴った。

「初心者レッスン卒業ですね!次回から上のクラスに行きましょうか!」

インストラクターのその言葉に、政子の顔に自然と笑みが浮かび、嬉しさと達成感でいっぱいになった。

レッスンが終わり、馬を降りると、いつもとは違い足取りが軽く感じられ、自分の心が少し大きくなったような気さえした。

洗い場に馬を繋ぎ、「ふ~っ」と一息ついた瞬間、自分が思わずにやけていることに気づき、さらに嬉しさが込み上げてきた。



その時だった、

「あんた、何やってんのよ!」

突然、後ろの方から怒鳴り声が聞こえた。
何が起こったか一瞬分からなかったが、
その怒鳴り声は、どうやら自分に向けられている事に気づいた。
恐る恐る後ろを振り返ると、 一人の女性が政子の方をにらみ、立ち尽くしていた。


(つづく)

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