#8

日曜日の朝、政子はいつもより早く起きて、少し緊張した面持ちで身支度を整えていた。クローゼットから動きやすいジーンズとシャツを選び、鏡の前で軽く身だしなみを整える。

「これで、大丈夫かな…」

家を出る頃、まだ家族は眠っており、政子は静かに玄関のドアを閉めた。
外の空気は少しひんやりしていて、でもよく晴れていて日差しが嬉しかった。

これから始まる新しい挑戦に胸が高鳴るのを感じた。


電車に揺られながら、政子はスマホで乗馬クラブの場所を確認した。
色々な想像が頭の中を巡り、
「ここで、本当に自分がやっていけるのかな…」と不安もあったが、その一方で「ここで自分を変えられるかもしれない」という期待が心の奥底で燃えていた。


駅から少し歩いた先に見えたのは、緑に囲まれた広々とした敷地。
手作り感のある「ホースランド結」の看板と木製の馬の置物が出迎る。

政子はその光景に一瞬立ち止まった。
深呼吸を一つして、 足を一歩踏み出した。


受付で名前を告げると、若い女性のインストラクター:横川一花が温かく迎えてくれ、早速クラブ内を案内してくれることになった。

厩舎には、さまざまな種類の馬たちがのんびりと過ごしており、政子はその光景に魅了された。
一花が、馬の世話やクラブの事を丁寧に説明してくれたので、政子の緊張も少しずつほぐれていった。


一花が一頭一頭、馬を丁寧に紹介してくれ、政子は馬たちの鼻面を撫でながら、にやけながら、その温もりを感じていた。

その時、ふと2頭先にいる馬の前で立つ女性に気づいた。

美しく、落ち着いた雰囲気をまとったその女性は、馬に優しく語りかけているようだった。

政子はその姿を見た瞬間、胸の奥に何か引っかかるものを感じた。
「どこかで見たことがあるような…」と思いながらも、すぐには思い出せず、そのまま見学を続けることにした。

馬場では、数名の人たちが馬に乗り、レッスンを受けていた。その光景を目にした瞬間、政子の心の中で夢が膨らんでいった。
気づけば、彼女は自分でも気がつかないうちに、またにやけてしまっていた。

そんな政子の顔を見た一花が、くすっと笑いながら
「馬に乗ってやりたいこととかあるんですか?」と尋ねた。
突然の問いかけに少し戸惑った政子だったが、意を決して口を開いた。

「あの…そ、ソフト競馬を…」と、声を少し小さめにして答える。

一花は目を輝かせて、「へぇ~!そうなんですね!最近、ソフト競馬の参加者も増えてきてるんですよ。一緒に楽しみましょう!」と笑顔で応えた。

「いやぁ…でも、私みたいなおばさんが、大丈夫なんですか?」と、政子は少し不安そうに言った。

スタッフは優しく微笑んで、
「大丈夫ですよ!芝田さんと同じような年代の方や、それ以上の年齢の方もたくさん楽しんでますから!」
と政子を励ました。

政子はホッとした表情を浮かべ、「そうなの?良かった~」と安心したように笑顔を見せた。


見学が一通り終わると、政子と一花はロビーのテーブルについた。
間もなく、フロントスタッフがホットコーヒーを運んできた。
「どうぞ。」
政子が湯気が立ち上る温かいカップに手を伸ばした時、一花が口を開いた。

「…さて、芝田さん。一通りご覧いただきましたが、どうで
「やります!会員になります!」
政子はその高鳴る気持ちを抑えられず、一花の言葉を遮るように勢いよく告げた。

政子の瞳は、これから始まる新しい冒険に対する期待で輝いていた。

普段、“会員勧誘“に気と時間を十分に使っていた一花は、あまりの速さに戸惑いを隠し切れなかった。

「え、あの、まだ、金額とかお伝えしてないんですけど…」

「大丈夫!やります!」

もう止められない政子になっていた。

契約書を凄い勢いで書き、その勢いで初回の予約を入れてクラブを後にした。 

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