その夜、政子は食器洗いをしながら、ようやく夕飯にありつけた富善に向かって声をかけた。
「ねえ、ソフト競馬って知ってる?」
「ソフト競馬?なんだそれは?」
富善は焼き魚の身をほぐしながら、怪訝そうに尋ねた。
「テレビで見たんだけど、ポニーや小さな馬に乗って楽しむ競技、競馬なの。
初心者でも参加できるみたいで、私、それに挑戦してみたいの」
政子は少し緊張しながら話し始めた。
富善は眉をひそめて政子を見て、
「お前が?競馬?そんな危ないこと、年齢も考えてみろよ」
と、即座に反対の意を示した。
政子は少し怯んだが、すぐに反論した。
「違うの、危なくないの! あなたは『ソフト競馬』を知らないからよ。YouTubeでやってるから見てみてよ」
「めんどくさいし、怪我されても困るからやめとけって」
ソファーでニンテンドーDSをしていた空が、そのやり取りを聞きいて口を挟んだ。
「別にいいんじゃない。やってみたら?」 と軽い口調で賛成の意を示した。
「おまえ、お母さんが無理してケガでもされたらどうするんだ?家事とか」
富善は焼き魚の身をほぐす手を止め、空を諭すように言った。
「もう母さんだって、好きなことやったっていいじゃん。
家の事?少しくらいオレだってできるし」
空はDSの画面から目を離さずに答える。
「言ったな」
「言ったな」
政子と富善がハモった。
空は慌てて2人の方を見て、「いやぁ…」と答えるのが精いっぱいだった。
「とにかく、俺は反対だぞ。
そもそもお前が騎手?になんてなれるわけがないじゃんか」
富善は再び焼き魚の身をほぐしだした。
政子は最後の皿を拭き終え、
「私、もう申し込んだの。だからやるの、やるしかないの!」
と、強い意志を込めて言い切った。
富善はしばらく黙り込み、黙々と焼き魚を食べ続けた。
そして、最後の一口を食べ終わると、
「じゃあ、怪我したら、お終いな」
と、テレビのニュースを見ながら言った。
政子は富善のお茶碗と皿を片付けながら、「ありがとね」と少し微笑んだ。
家族からの賛否両論を受けながらも、政子は新たな挑戦に向けてその一歩を踏み出した。
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