#7

その夜、政子は食器洗いをしながら、ようやく夕飯にありつけた富善に向かって声をかけた。

「ねえ、ソフト競馬って知ってる?」

「ソフト競馬?なんだそれは?」

富善は焼き魚の身をほぐしながら、怪訝そうに尋ねた。

「テレビで見たんだけど、ポニーや小さな馬に乗って楽しむ競技、競馬なの。
初心者でも参加できるみたいで、私、それに挑戦してみたいの」
政子は少し緊張しながら話し始めた。

富善は眉をひそめて政子を見て、
「お前が?競馬?そんな危ないこと、年齢も考えてみろよ」 と、即座に反対の意を示した。

政子は少し怯んだが、すぐに反論した。

「違うの、危なくないの! あなたは『ソフト競馬』を知らないからよ。YouTubeでやってるから見てみてよ」

「めんどくさいし、怪我されても困るからやめとけって」

ソファーでニンテンドーDSをしていた空が、そのやり取りを聞きいて口を挟んだ。

「別にいいんじゃない。やってみたら?」 と軽い口調で賛成の意を示した。

「おまえ、お母さんが無理してケガでもされたらどうするんだ?家事とか」
富善は焼き魚の身をほぐす手を止め、空を諭すように言った。

「もう母さんだって、好きなことやったっていいじゃん。
 家の事?少しくらいオレだってできるし」

空はDSの画面から目を離さずに答える。

「言ったな」
「言ったな」

政子と富善がハモった。

空は慌てて2人の方を見て、「いやぁ…」と答えるのが精いっぱいだった。

「とにかく、俺は反対だぞ。 そもそもお前が騎手?になんてなれるわけがないじゃんか」
富善は再び焼き魚の身をほぐしだした。

政子は最後の皿を拭き終え、
「私、もう申し込んだの。だからやるの、やるしかないの!」
と、強い意志を込めて言い切った。

富善はしばらく黙り込み、黙々と焼き魚を食べ続けた。


そして、最後の一口を食べ終わると、
「じゃあ、怪我したら、お終いな」 と、テレビのニュースを見ながら言った。

政子は富善のお茶碗と皿を片付けながら、「ありがとね」と少し微笑んだ。

家族からの賛否両論を受けながらも、政子は新たな挑戦に向けてその一歩を踏み出した。


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